2000年度修士論文概要

学籍番号 90418040 所属研究室 笠井研
氏名 長 田 俊 治
タイトル 直線運動時のVOR緩徐成分におけるスムーズパシュートの影響
1.はじめに
 頭を固定して視標が左右に正弦波状に運動するとき(スムーズパシュート)よりも、視標を固定して頭が並進運動するとき(LVOR)の方が、視標の相対速度は同じであるにも関わらず、眼球の追従速度は向上することが分かっている。これは、スムーズパシュート系の信号に前庭(otolith)系の信号が加わり、視標追従に貢献したためであると言える。では、LVORが視標追従を妨げる向きに働く場合、スムーズパシュート系の信号とotolith系の信号は、どのように影響し合うのであろうか。本研究では、視標の相対速度と頭の速度の向きが同じである場合の眼球運動速度について調査した。

2.実験方法
 被験者(3人)を内耳軸に沿って正弦波状(振幅:±14[cm],周波数:0.5[Hz])に直線運動させ、被験者と同方向に2倍の速度で動く視標を追従させる実験を行った(Fig.1)。また、途中で視標消灯後、目標位置を想起する実験も行った。

3.実験結果
・視標点灯時について
1)ゲイン(実際のピーク速度/注視に要求されるピーク速度)は0.71〜0.84であった。
2)頭速度に対する眼球速度の位相について、顕著な位相進み・遅れは見られなかった。HIK:0.34[deg]の位相進み、YSN:4.20[deg]の位相進み、NAG:2.05[deg]の位相遅れであった。
・視標消灯後について
3)NAGとHIKでは、眼球速度の正弦波成分が残った(点灯時の眼球速度に対してNAGは14.6%、HIKは3.2%)。YSNは残らなかった(Fig.2)。
4)眼球速度の正弦波成分が残った2人の位相進み・遅れは、NAG:6.86[deg]の位相遅れ、HIK:48.04[deg]の位相進みであった。

4.考察
 LVORとは逆位相の眼球運動が起こることが分かった。視標消灯後、HIKとNAGについて見られた正弦波状の速度成分は、その位相が視標速度の位相に近いことから、視標点灯時に記憶された運動を再生していると考えられる。それに対してYSNでは不連続な速度成分が見られた。高橋らの研究によると、通常のLVOR実験では視標を消去して45[sec]経過後も緩徐相成分が残ること、パシュート実験ではYSNは他の被験者に比べて急速に眼球速度がゼロになることが報告されている。これらのことを考慮すると、連続的な運動を記憶するメモリの保持能力には個人差があると考えられる。YSNについて視標消去後すぐに視標と同相の速度成分が消失したのは、他の被験者に比べてメモリを保持する時間が短いためではないかと解釈できる。