2000年度修士論文概要

学籍番号 90139069 所属研究室 西田研
氏名 吉 良 文 郷
タイトル 音楽行為における感性評価の基礎研究
1. はじめに
 近年,感性工学分野の発展に伴いさまざまな形の感性協調型合奏システムの研究が行われてきた.こういった人間の感性を模倣したいわゆる人工感性を目指したシステムの場合,人間自身の感性をどのようにモデル化するかということが重要になってくる.
 従来の研究では適応範囲が限定されたものや,対象についての研究など平均化された感性を扱った研究が多かった.しかし感性には人間の個人的な経験に基づいたものも多く,またそういった部分が特に重要であると思われる.
 そこで本研究では後者の視点に立って,感性インタラクションの支援をめざして,より人間に近い感性モデルを提案する.

2. 感性処理のモデル化
 ここでは,人間が外界の刺激を受け取ってそれに対して頭に浮かんだ感性を認知し,何らかの手段で表出する場合の感性処理プロセスを考える.
 本研究では,各感性処理のプロセスをそれぞれ入力層,認識層,推定層,連想層,出力層の5つに分類した.この感性モデルは,入力層から物理刺激を取り込み,認識層,推定層,連想層によって感性を生成し出力層で,それをまた物理刺激に変換する仕組みになっている.
 このモデルの中で特に重要になってくるのは,感性を生成する認識層,推定層,連想層の3層である.
 まず認識層は,得られた対象の情報から瞬時に感性を導き出すフェイズである.また認識層は,その認識の種類によって「論理的」「客観的」「主観的」の3つに分かれており,それぞれ,論理的認識では知識による理性的な判別を行い,客観的認識では比較的対象に依存する心理的な属性を導き出し,主観的認識では「好き,嫌い」といった感情的な属性を導き出す.
 そして推定層は,主に認識層で得られた感性から,さらに意識的に深いイメージを生成するフェイズである.また連想層は対象自体ではなく,対象との関連性によるつながりから,新たな感性を生成する役割を持つ.
 今までの感性研究では主に認識層の感性が扱われていたが,この推定層や連想層が人それぞれの感性の個性や多様性といったものを作り出していると考える.

3. 心理実験
 前出の感性処理プロセスのモデルを検証するため,音楽の聴取に伴う感性評価実験を行った.課題は単音,和音といった単純な音刺激を約30種類,感性評価は自由発話で記述してもらった.また,被験者には年齢,音楽知識といったものが偏らない6名を選んだ.
 この実験では,感性を形容詞に規定せず自由発話で表現してもらうことで,推定層や連想層といったものが存在するのか,また感性における個人差が,それらで説明できるかということを見ていく.

4. 実験結果
 実験を行った結果,被験者の発話表現には推定や連想といったプロセスによると思われる発話が存在した.
 また,ほとんどの表現を形容詞や名詞の単語で行う人や,具体的なイメージで表現する人など,被験者によって表現にかなりの違いが見られた.特に音楽知識の多い人ほど認識や推定の表現が多く,知識の少ない人には連想による表現が多く見られたことから,知識の有無が推定や連想といった処理の個人差に関係していると推測される.
 このように感性モデルの仮説による分類から,被験者の発話傾向をある程度把握し分類することが可能であった.ただ,発話内容だけではモデルのどの層に当てはめていいかの判断に困る発話も存在したため,発話の聴取法を含め実験方法に検討の余地が見られた.

5. 結論
 本研究では,感性処理のプロセスをいくつかの流れによってモデル化することで,人間の頭の中における感性処理について検証してきた.
 今回の仮説で,ある程度の個性の分類を行うことには成功したが,その個性による処理の違いをモデル自体に反映させるには,今のモデルでは不十分である.また感性の移り変わりといった動的なプロセスにも,モデルは対応していない.このような課題を受けて,今後どのようにモデルを発展させていくかが重要であると考える.