ロープ式エレベータの速度制御系のモデリング

藤井研究室  藤井 正和

1. はじめに

近年,高さ200mを越えるような高層建築が多く建ち並ぶようになり,それに合わせてエレベータにも昇降行程距離の長大化と昇降速度の高速化が求められるようになってきた.しかし,昇降行程距離に比例してロープは長くなり,その質量・剛性がエレベータ全体の性能に大きな影響を及ぼすようになる.そこで,本研究ではロープを複数の質点・ばね・ダンパで表すことで連続体であるロープを集中定数系モデルに近似するなど,ロープの扱いに重点をおいてロープ式エレベータの速度制御系のモデルを設計する.そして周波数応答などで振動の解析を行いその特性を調べる.さらに,厳密モデルを低次元化しコントローラ設計用モデルを作成する.また,かご枠高さ位置と搭乗人数の変化がエレベータの特性に及ぼす影響も調べる.

2. 厳密モデルの導出

まず,次数が高い代わりに実対象を正確に表す解析用モデルとして厳密モデルを導出する.そのために従来から提案されていたロープモデル(モデル1)の他に2種類のロープモデル(モデル2,3)を提案した.いずれのロープモデルもロープをばね・ダンパ・質点で近似するものであり,ばね・ダンパを並列に繋ぐ点では同じであるが,質点とかご・カウンタウェイト下ヒッチ部の扱いが異なっている. そしてロープのモデルや分割数の違いがエレベータ全体の特性,特にゲインの大きな振動モードが存在する10Hz以下の低周波域においてどのような影響を与えるか比較した. ロープモデル間の違いとして,8分割ではどのモデルもほぼ同じ応答を示したが,2,4分割ではモデル1とモデル2,3とでゲインのピークの現れ方が異なった.分割数による違いについては,どの分割数においてもモデル1は低周波域において同じ応答を示したが,高周波域では単に振動モードの数が増減するだけであることがわかった.また,モデル2,3は分割数が8のときモデル1と同じ応答を示したが,分割数が2,4のときはモデル1とゲインのピークの現れ方が異なった.分割数が多いと連続体であるロープをより正確に近似することになるので,8分割で同じ応答を示す3種類のモデルは本質的に同じものを示していることがわかった.しかし,モデル1は分割数を減らしてもその応答はほとんど変わらなかったのに対し,モデル2,3は分割数を減らすと近似誤差が大きくなり応答が変化した.

よって,2分割のモデル1をロープ部に用いて厳密モデルを求めた.このモデルは入力が駆動モータのトルク,出力がかご枠の速度であるような1入力1出力系であり,その次数は34次である.

3. モデルの低次元化

モデル低次元化には次の2種類の手法が考えられる. そこで,物理的に低次元化した後に最小実現を求め,さらに数値的に低次元化を行う.

まず,物理的低次元化を行うために厳密モデルのモード解析を行った.その結果,かご枠に比べて振動が小さな状態量が見つかったので,周波数応答を確認しながらそれらの状態量を除去した結果,厳密モデルとほぼ同じ特性を示しながら次数を4次下げることができた.

次に,このモデルには原点極と原点零点が含まれていること,それらがモデルの他の状態量や出力に影響を及ぼさないことがわかった.そこで,値が近い他の安定な極と零点の組も含めて極-零点相殺を行い,最小実現を求めた.

最後に,最小実現となったモデルから平衡化実現を求め,可制御性,可観測性の弱い状態量を打ち切った.打ち切る状態量の目安としてはHankel特異値の値が大きく異なるところで打ち切るのが一般的であるが,今回はゲインの高い5つの振動モードが残るように打ち切る状態量の数を決定した.

以上の2手法による低次元化の結果,モデルの次数は11次まで下げることができた.

4. かご位置の変化が特性に及ぼす影響

かご枠の高さ位置が変化するとかごの上下ロープの長さが変わりそれによってエレベータ全体の特性も変化する.そこでかご枠が低層階,中層階,高層階にあるときの厳密モデルの周波数応答を比較した.すると低周波域のゲインの大きな3つの振動モードの周波数はほぼ同じであったが,その他の振動モードや反共振点の現れ方は大きく異なっていた.これより,制御を行うには高さ毎にコントローラを用意してそれらをかごの高さ位置に応じて切替えるか,1つのロバストなコントローラで制御を行うという2つのコントローラの設計方針が考えられる.

5. 搭乗人数の変化が特性に及ぼす影響

搭乗人数の変化によってかごの質量が変化する.そのため,人数が変わるとエレベータの特性にも影響が及ぶと予想される.しかしながら,0〜30人程度の人数ではその影響は微少であることが周波数応答よりわかった.よってコントローラ側でその変化を吸収できると思われる.

6. まとめと今後の課題

3種類のロープモデルの比較検討により厳密モデルが得られ,各種の手法により11次までモデルを低次元化できた.今後は実対象との同定を行ってモデルの妥当性を検証し,駆動モータの特性をエレベータモデルに付加して制振制御のための速度制御系コントローラの設計を行いたい.