シミュレーションによる競技自転車の動力学解析
上崎 亮
1.はじめに

スポーツ運動の科学的分析は近年盛んに行われるようになって きているが、現在の研究の主流は、競技者等から実データを計測し、 その分析を行うものである。一方、コンピュータシミュレーション 技術は様々な分野において不可欠な技術となっている。コンピュータ シミュレーションには、実験不可能な事象についての考察が可能に なるなどの大きなメリットがある。本研究ではこの技術をスポーツ運動 の科学的分析に応用することでその有効性を示す。研究対象を競技自転車 とし、
(1)動力学的な特徴として機械的特性を調べる実験
(2)人間のペダリングを模擬的に考慮した動力学実験
を行った。

2.数理モデル

本研究では人間の下肢及び競技自転車に関して3次元的なモデル化を 行い、Lagrange運動方程式を用いて定式化した。本モデルの特徴としては、 次のような点が挙げられる。
(1)物理パラメータはすべて実際の競技自転車のデータに基づいている。
(2)クランクに関するモデルでは、空気抵抗及び転がり摩擦が考慮されている。
(3)ペダル角度はクランク角度に対する相対角度として求められる。

3.シミュレーション解析方法

動力学シミュレーションには、順動力学シミュレーションと逆動力学 シミュレーションがある。構築したモデルを用いてそれぞれのシミュレーション を行った。また、自転車競技ではペダル踏力が重要なことから、本研究では ムーアペンローズの一般化逆行列を用いて、ペダル上の3点における水平及び 垂直成分の計6成分の踏力分布を、各成分の二乗和が最小になるという意味での 最適な解として算出した。

4.シミュレーション実験

シミュレーション実験はその性質から大きく二つに分類される。
(1)競技自転車が等速度運動や加速度運動を行っている状態での クランク回転軸及びペダル回転軸まわりに発生しているトルクと 最適ペダル踏力分布算出実験
(2)(1)の実験で得られた踏力分布データに変動を与えることで 入力踏力を生成して自転車システムに与え、運動の安定性を調べる 実験

5.シミュレーション実験結果及び考察

第4章の実験結果数値データとグラフから、次のように考察される。
(1)自転車が等速度運動を行っている状態では、クランク軸まわりに生じる トルクはほぼ一定である。
(2)加速過程におけるクランクトルクや踏力量は急激に増加する。また加速の 仕方により、ピークに達する時刻に違いが表れる。
(3)踏力量やタイミングが少し変化しても、その影響はペダルに強く表れ、 クランクにはそれほど影響しない。

6.まとめ

本研究では、スポーツの科学的分析におけるコンピュータシミュレーションの 有効性を示すために、研究対象を競技自転車としてシミュレーション実験を 行った。シミュレーションを用いることで、等加速度運動などの理想的な 状態を生成し、その機械的特性を調べることができた。また、順動力学実験では 踏力量やタイミングを変化させる実験を行い、変動の影響はペダルが吸収して クランクにはそれほど及ばないことを示した。これらは、実際に人間が行うのは 非常に困難であり、シミュレーションを有効に活用できていると言える。